うみのは四苦八苦しながらも料理というものをするようになった。本当に今までしたことがなかったのだろう、包丁の持ち方、炒め物をする時ですらおっかなびっくりのようで、それを目で見るたびにカカシは恐ろしくなったが、口を出すことはなかった。
そしてカカシが胃薬を出すことはなくなった。
暗部での任務で胃痛に見舞われなくなったカカシはすこぶる順調に任務をこなしていった。カラスはそんなカカシを見て調子よさそうじゃん、と言ってくる。

 

そんなある日、その日の任務は少しばかりえげつない任務で、妊婦も子どもも老人もその辺り一帯の人間は皆殺しという任務だった。さすがに作戦を聞いたときカカシは一瞬顔を歪ませたが、依頼は正当なものだし、殺すに至るまでの経緯には依頼主側に対して同情をひくものだった。それは当然の報いと言えるものだった。
任務はできるだけ派手に殺すこと。つまりは見せしめだった。
いつものようにカラスと一緒である。その村にたどり着くとカカシは家々に押し入り手当たり次第殺していった。楽には殺せない、見せしめのためには苦痛に歪んだ表情を浮かばせてもらわなくてはならない。それでも死ぬ時は一瞬で終わらせてやろうと刀を振り回す。いつの間にか体中は返り血だらけだった。抵抗らしい抵抗もなかった。いたぶるだけの殺戮、必要性のある悪意を込めて。
自分の担当区域の始末を終えるとカカシはカラスとの待ち合わせ場所にたどり着いた。
ひどい姿だ、きっと帰ったらさすがのうみのも血の匂いが臭いと文句を言うに違いない、とカカシはくすりと笑った。

「お前笑う余裕あるのか〜?俺なんかくたくただぜ。」

とカラスがカカシの横に立った。カラスもカカシと負けず劣らず返り血で濡れていた。

「俺もくたくただよ。家に帰ったらきっと臭いって怒られる。」

「あれ、お前って一人暮らしなんじゃなかったっけ?」

しまった、うみののことは他言無用だったのに、とカカシは心の中で舌打ちした。

「同居人がいるんだ。三代目も四代目も知ってるよ。同業者で休養してる人なんだけど。」

辻褄合わせだが嘘は言ってない。三代目も四代目もきっと誤魔化してくれるだろう。

「そっか、大変だな。悪いな、なんか家庭の事情ってやつを聞いちゃって。俺は家族も忍者してるけど、それでもちょっと血を流してから帰る。お前はもう帰っていいぞ。報告は俺がしてくから。」

「え、でも任務は2人でしたし、」

「なーに、身内のこと聞いた詫びだ。じゃあなっ。」

カラスはそう言って闇の中に消えてしまった。ここで火影の所に1人報告しても仕方ない、カカシは家に帰ることにした。
そして隠れ家に付くと家の前の水道で体に付いた血を少しでも流す。水は冷たいが今はまだ耐えられる。
そこに隠れ家の戸が開いてうみのが出てきた。カカシの姿を見て返り血か?となんでもないことのように声を掛けてきた。元暗部ってこういう所で驚いたりしないから楽だな、とカカシは思った。

「うん、全部返り血だよ、でもうみのさんが起きてるなんて珍しいね。俺が帰宅しても大抵は寝ているのに。」

カカシの言葉にうみのは少し変な顔を浮かべた。何か変なこと言ったかな?とカカシは首を傾げた。

「終わったら台所まで来い。」

カカシはその言葉に頷いた。そして水で流せるだけ血を洗い流して隠れ家に入った。そして台所へと向かう。

「うみのさん?」

カカシは食卓の前まで来た。うみのさんは冷蔵庫から何かを取りだしてカカシの前に差し出した。

「四代目から今日だと聞いたから。」

目の前に置いてあったのはケーキだった。随分と不格好なケーキで、とても市販のものとは思えない。これはもしかして、

「うみのさんが作ってくれたの?」

「...ああ。」

カカシは照れたように笑みを浮かべた。

「ありがとう、嬉しいよ。」

カカシはケーキを受け取った。

「あまり、うまそうには作れなかったんだが。」

「でもわざわざ作ってくれたんでしょ?そんなの初めてだよ。俺、手作りって初めてだ。」

皿と包丁を出しながら医療忍の子は女の子だったんじゃないのか?とうみのが少し不思議そうに聞いてきた。

「リンはねえ、薬とか、そっち方面の調合とかはうまいんだけど、菓子作りに関してはちょっと苦手だったみたいだね。」

カカシは目の前のケーキをじっくりと見た。生クリームがいやに多くかかっている。スポンジの原型は何か歪んでいるようだ。

うみのが包丁でケーキを切り分けていく。随分とかたいスポンジのようだ、普通ではありえない、ザクザクという音が聞こえる。そして八等分したケーキを小さい皿に小分けてうみのはカカシに渡した。

「誕生日、その、おめでとう、カカシ。」

言い慣れないことを言うので少し照れているらしいうみのがそれでも言ってくれてカカシはくすぐったい気持ちになった。

「うん、ありがとう。暗部の任務で頭がいっぱいで、綺麗サッパリ忘れてた。」

カカシは椅子に座った。そしてフォークでケーキを切って口の中に入れた。スポンジはやはり硬くてぼそぼそしていて、けれど生クリームは柔らかすぎて、飾り付けの果物は桃缶の桃のみだった。
でも本当においしかった。今まで食べたどのケーキよりも。

「おいしいね、うみのさん。」

「そうか?砂糖やバターをあんまり沢山入れるからどんなべたべたしたものができあがるのかと心配してたが思った以上にぼそぼそしていて少し驚いたな。」

「あの本、役に立ってるみたいだね。」

「そうだな、料理は量るものだと初めて知った。切り方にもいちょう切りだとか小口切り、短冊切り、乱切りと色々あるんだな。任務以外のことでここまで神経を使ったのは久しぶりだ。」

やれやれと言ったうみのの言葉にカカシは苦笑した。一般の男で普通そんな切り方まで知ってる人は少ないんだろうけど。それでもうみのらしいと思った。

「まあ、別に野菜炒めとかだったら量らなくてもいいんだろうけど、細かい作業の料理は量った方がいい場合もあるだろうからね。」

今年は本当ならリンも一緒にお祝いしてくれるはずだった。去年そう約束したんだけど死んでしまって、環境もかわって、本当に今の今まで忘れていた。もしかしたら四代目はそれを見越してうみのに誕生日を教えたのだろうか、自分は忙しいからうみのにお祝いしてもらおうと思って?

「あのさ、ちょっと聞くんだけど、四代目がお祝いしろって言って俺の誕生日を教えてきたの?」

「いや、カレンダーを変えた時、9月15日の所がいやに派手派手しく○で囲まれていたから、この間四代目が来た時にこの印はなんだときいたんだ。だから偶然に知っただけだ。四代目も忘れていたみたいだな、俺に問われて考え込んでやっと思い出してたぞ。」

四代目らしい、日常生活では割りとあの人はいい加減な所があるからなあ。あれで戦闘時は殺戮マシーンのように的確な方法を緻密な計算でもって行動に移すわけだけど。
しかし、四代目は自分のいない時にたまにうみのに会いに来るんだな、とカカシは改めてうみのは普通の忍びではないのだと認識しなおした。日々業務に追われている火影が仕事の合間に自らやってくると言うのはどう考えてもそれだけうみのが気になっていると言うことだ。

「それから、俺は血に慣れているし、別に気にならないから血を滴らせて帰ってきても俺に気を遣って外で洗わなくてもいい。自分でできない手当も、俺は処置するのに慣れているから言えばいい。」

うみのの言葉にカカシは笑って頷いた。
戸を開けて微妙な顔をしていたのはそういう理由からか。
血にまみれて生きることに悲観して過保護にするわけでもなく、だが血に怯えて逃げ腰になるわけでもない。うみのは、カカシの生き様をそのまま受け止める。それがとても嬉しかった。
そして、うみのがどんな事情を抱えていたとしてもいいやと思った。こうして暮らしていくことに何の不都合もない。このままこんな生活が続けばいいのだけど、とカカシは二切れ目のケーキの切り分けをするために自ずから包丁を手に取った。